kaori’s diary

読書・彫刻好きが日々のあれこれ綴ります

優先順位

こんばんは。

 

今日、会社から帰ってくるなり、両親が何やら深刻な顔で話し込んでいました。

何か良くないことでもおきたのかと、少しの覚悟を決めてから、母親に何があったのか尋ねましたら、母と母の母(私の祖母)の知人の娘さんが亡くなったとのこと。

 

知人の娘さんというのが、どうやらまだ40代で、高校生と小学生のお子さんがいらっしゃるとか。

 

たしかに、随分前からこの娘さんが闘病されていることは聞いていたのですが、違和感を感じていたのは、この娘さんのお母さん・・・つまり、母たちの知人の方です。

 

 

この方が、ある宗教の熱心な信者さんなのですが、毎週その信者さん同士の集まりがあるから、という理由で、

離れたところに住んで闘病している娘さんのお見舞いや、お孫さんにあたるお子さんの面倒を見る、ということが一切なかったようなのです。

 

娘さんの病状が悪くなって、娘さん自ら、お母さんにメールをしたり電話をしたりしていたようです。

お孫さんたちも、お母さんが大変だから少しでもいいから、病院に来て看病を手伝ってほしいと連絡を入れていたんだそうです。

 

自分の娘、自分の孫から何度も連絡が来ているにも関わらず、結局闘病が始まってから5年間の間、一度もお見舞い等には行かなかったそうです。

 

たとえば、この母たちの知人の方(Aさんとします)も、何か大病を患っていた、などの理由があれば、もしかしたら、仕方がない、行きたくても体が自由にならない、などが起こったかもしれません。

でも、Aさんは健康ということでしたし、毎週1~3回ほどの、信者さん同士の集まりには、数時間参加できているのです。

 

その間、何度も娘さんやお孫さんから連絡が来ていたそうです。

 

Aさんは連絡が来るたび、周りの人に「今娘がこんな状態で・・・」「孫からも連絡が来て・・・」と言っていたそうなのですが、それ以降の行動がありませんでした。

周りの方も見かねて、何故行かないのかと尋ねたことがあったそうです。

Aさんの答えは

「集まりがあるし、娘の病院は遠いし、弱っていく娘は見たくないわ」

だったそうです。

 

 

 

 

これは、あくまで私の偏った見解でしかありませんし、間違いだらけの解釈かもしれないのですが、Aさんは、

優先順位がハッキリしていないのではないか、と。

 

私にはまだ子供はいません。しかし、母と父、祖母がいます。

以前書かせて頂きましたが、私自身はアホみたいに健康です。けど、一度難病を疑われたことがあり、検査入院をしたことがあります。(結果、なんの異常もありませんでした)

 

検査入院でも、2日間費やしたこともあり、親はパニックになっており、祖母は念仏を唱えだす始末。

念仏は、後から聞くと「ご先祖様に来てもらって、病魔を退治してもらうため!」と言われました。

 

 

当時は「大袈裟な・・・」と思っていましたが、この年になり、そろそろ結婚も考えようかとなってくると、「全然大袈裟じゃないな」と反省ばかりです。

 

「子供が難病かもしれない」

親ならパニックになって当然だな、と。

少し話が逸れますが、妹が怪我をしたとき、母が電話で「妹、病院なの」を「妹、入院なの」と私が聞き間違え、一人でオロオロしたくらいですもの。

 

 

自分の子供ではない、妹ですらオロオロするんですから、自分の子供となると、他の事は差し置いてでも・・・となってしまうのだろうな、と。

検査入院の際は、父は会社があるのに、2日間ではありますが病院から通勤したそうです。

私の親や祖母の対応が大袈裟かどうかの判断は置いておくとして、心配をしてくれ、優先してくれたのは事実です。

 

 

 

ですが、今回のAさんは、自分の子供、自分の孫よりも「自分の環境」を優先してしまったんだな、と。

家族の在り方は、様々だと思います。

100%間違っているとは言えません。言えませんが、もし私がこの娘さんの立場なら。

 

自分はもう永くない。生きたいけど難しい。子供たちに苦労をかけたくない。

 

そう思って、家族であるお母さんに助けを求めた。でも、お母さんは信者さんの集まりを優先した。

 

 

「私より、信者さんたちの方が大事なのかな。」

 

私なら、こんなふうに考えてしまいます。

 

私の考え方が凝り固まってる!というのもあるかもしれませんが、2日の入院だけでも、結構寂しかったりしました。

それが、闘病だったら。

お母さんに傍にいてほしいと思うのは、ある意味当然かもしれない、と。

傍にいてほしいお母さんが、一切優先してくれず、一度もお見舞いに来てくれず・・・

 

「寂しい」以外に、どんな感情があるんだろう。

 

ご主人やお子さんは、毎日病室に来てくれていたそうで、週末は家族全員で病室に泊まっていたそうです。

それでも、やっぱり「お母さん」にいてほしいというのは、ワガママでもなく、当たり前のことで、集まりを優先したAさんの方がよっぽどワガママなのではないか、と。

 

 

今日、参列してきた祖母は、Aさんのお孫さんがAさんに泣きながら怒鳴っているのを聞いたそうです。

「お通夜だけ参加するなんて、お母さんが死んだのを喜んでいるみたいだ」と。

 

 

これは、言ってはいけないことかもしれません。けど、言いたいです。

Aさんが今後、お孫さんたちに向けられる顔はないかもしれない。と。

 

 

 

敬老の日を目前にして、辛いことがありました。

 

私自身が、全ての事象に対して正しい判断ができるとは思っていません。

というよりも、何が「正しい」のかは「自分」で決めます。

 

仮に、私が誰かと真剣な話をしているときに、親や妹や祖母が倒れたと連絡があれば、まずは飛んで帰ります。

後悔したくありませんから。

 

 

私の優先順位は「家族」です。

これが間違っていると言われても、私は「正しい」と判断したので貫きます。

 

 

まぁ幸い、80近い祖母も、健康診断の結果を見る限り、どこにも異常がないそうなので、家族みんなノンビリと暮らしております。

どうやら私の健康体は祖母譲りのようです(笑)